【書籍紹介】坂井豊貴(2015)『多数決を疑う――社会的選択理論とは何か』

【書籍紹介】坂井豊貴(2015)『多数決を疑う――社会的選択理論とは何か』

多数決に対する代替案

今の日本では、集団で意思決定する際に多数決は当たり前のように使われています。しかし、多数決は民主主義にとって唯一の意思決定方法ではありません。著者によれば、「民主制のもとで選挙が果たす重要性を考えれば、多数決を安易に採用するのは、思考停止というより、もはや文化的奇習の一種である」ということです。

国政選挙のレベルで多数決以外の方式が使われている例として、ナウル共和国におけるダウダール・ルール、スロヴェニア共和国、キリバス共和国(2002年まで)におけるボルダ・ルールが紹介されています。

ダウダール・ルールはナウル共和国で1971年から使われていますが、考案者で当時の法務大臣の名を冠したものです。有権者はすべての候補者に順位を紙に書いて投票し、「1位に1点、2位に1/2点、3位に1/3点、4位に1/4点、5位に1/5点、...」の配点で、候補者は点を獲得するというものです。

ボルダ・ルールは、1770年にパリ王立アカデミーで、海軍の科学者ボルダが提案したものです。1位に3点、2位に2点、3位に1点というように、順位に等差のポイントを付け加点していくやり方で、身近なところでは、運動会の得点などによく使われています。

これに対して、各有権者が一定の持ち点を、それぞれの選択肢に対して自由に点を割り当てられる方式も考えられます。しかし、この方式では少数の熱狂的な支持者がいる選択肢(強い宗教組織や極右的な排外政策を主張する政党など)が有利になりやすく、点数の割り当ては各有権者が自由に決めるのではなく、事前に固定しておく方が望ましいようです。ただ、複数の代表を選出する場合は少し様相が異なるように思われますが、このあたりの議論はページ数の関係で省略されたのかもしれません。

ボルダと同時代の、同じくフランスの数学者、コンドルセは、ボルダ・ルールも含めたスコアリング・ルールすべてを批判しました。それは、すべての候補者から二人のペアを選び、その二人だけについて多数決を行った場合、他のどの選択肢に対してもペアごとの多数決で勝つ「ペア勝者」が選ばれない場合があるからです。このように、スコアリングではなく、ペア勝者を選び、ペア勝者がいない(サイクルが発生する)場合は、現代の統計学で言う最尤法の考え方に基づき決定します。つまり、「得られたデータを生み出す可能性が最も高い、背後の真実は何か」推定するものです。最尤法は1922年に統計学者のフィッシャーが考案したものですが、それに近いアイデアを18世紀、フランス革命の時代に発表していたことは注目に値します。この方法は説明のわかりにくさもあって長い間注目されずにいましたが、やっと1988年になって米国のゲーム理論家ペイトン・ヤングが、コンドルセの方法は最尤法と同等であることを説明し、「コンドルセ・ヤングの最尤法」として知られることになったのでした。

なお、コンドルセが述べた、法案の賛否を表明する投票において、有権者が取るべき心的態度は重要です。

これは私自身ではなく、全員にとっての問いなのだ。つまり私は、私だけにとってよいと思うものを選ぶべきではない。自分自身の意見(利益)から抜け出たうえで何が理性と真理に適合するか選ばねばならない。 (Condorcet 1785, pp. cvi-cvii)

つまり、投票に当たっては自己利益を考えるのではなく、公益をしっかり考えた上で最も望ましい選択肢を選ぶということです。公益をどこまでの範囲でとらえるかはケースバイケースかもしれません。自分から家族、地域、国、全人類、全生命、そして将来世代も含めた全生命にまで広げて考える、というくらいが考えられる最大限かなと思います。投票する誰もが将来世代も含めた全生命にとって望ましい選択肢を真剣に考え、最適と思われる投票をすれば、その時点における人類の最高の選択をすることができるのではないか、ということです。また、判断に当たって必要な情報が開示されていなければならないことは言うまでもありません。

 

最適な改憲ハードルの計算

著者は、社会的選択理論の研究成果を使って、憲法改正に必要な賛成の割合を理論的に考察します。鍵になるのはサイクルの考え方です。現行の法をY、改正案としてXが出されたとき、たとえX対Yの多数決でXがYに勝ったとしても、潜在的な他の改正案Zが存在して、ZがXに勝ち、YがZに勝つ、という可能性があるなら、XはYよりも真に適切な選択肢とは言い切れない、ということです。

そこで、このようなサイクルが発生する可能性のないぎりぎりの割合を求めてみよう、ということです。発想としてはプロ野球で言うマジック・ナンバーのようなものでしょうか。

この問題は1988年に米国の経済学者カプリンとネイルバフが数理的に解き、その値は約63.2%です。これは「64%多数決ルール」と呼ばれ、64%以上の賛成があれば、多数意見の反映としての正当性を確保できるということです。

日本国憲法の第九六条は、憲法の条文を変えるときには、衆議院で三分の二以上の賛成、参議院で三分の二以上の賛成、そののちに国民投票で過半数の賛成が必要と定めています。

著者は、これは改憲のハードルとして低すぎるとします。なぜなら、「衆参で三分の二」が見かけ以上に弱いからです。特に現在の日本では衆議院選挙で小選挙区の割合が多く、得票率が高くなくとも圧勝する「地滑り的勝利」が容易になっています。例えば2014年12月の衆議院選挙では、自由民主党は全国の投票者のうち約48%の支持で、約76%の議席を獲得しました。

参議院選挙は小選挙区制ではありませんが、大都市を除くと一人区や二人区の割合は高く、選挙制度の変更を重ねるごとに小選挙区制寄りになってきています。2013年7月の参議院選挙で自由民主党は、選挙区で約43%、比例区で約35%の得票率を得ましたが、それにより約54%の議席を獲得しました。

そもそも多数決は、サイクルという構造的難点を抱えており、その解消には64%が必要です。そしてまた小選挙区制のもとでは、半数にも満たない有権者が、衆参両院に三分の二以上の議員を送り込むことさえできます。つまり第九六条は見かけより遥かに弱く、より改憲しにくくなるよう改憲すべきということです。具体的には、国民投票における改憲可決ラインを、現行の過半数ではなく、64%程度まで高めるのがよい、と述べています。衆参両院の賛成の割合を変えることについては触れられていませんが、これも再検討すべきかもしれません。あるいは小選挙区制から中選挙区制などに戻す、ということも考えられるでしょう。

 

この他、本書はアローの不可能性定理とそれを補完する村上泰亮の不可能性定理、ギバード・サタスウェイトの不可能性定理など、興味深い話題がありますが、今日は現在の日本の政治状況から重要と思われる論点を紹介しました。

 

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